[流産と死産]~どちらも経験したからこそ言える違いについて

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青森県弘前市、グリーフケアアドバイザー佐々木清美です。今回は流産と死産について、その違いは何なのか、また違いはあるのかについて、またその確率や原因などと共に、自分の経験からその時に感じた思いも含めお伝えしようと思います。

◆私の流産体験①

妊娠したら出産する。つい10年ほど前まで、私はそれが当たり前のことだと思っていました。

36歳という晩婚でしたが、結婚してすぐ長女を授かり、妊娠中も特に問題なく37歳で出産することができたからです。(出産は微弱陣痛で、途中娘の心音が下がったため、陣痛促進剤を使用し、さらに吸引分娩となりました。主人はかなり心配したとのちに話しましたが、自分的にはこれが初産ということもあり、普通だと思っていました。)

でもその後流産を経験したことで、妊娠、出産が当たり前のことではないとわかったのです。

長女が2歳を迎える頃から、年齢のこともあり、2人目を強く望むようになりました。基礎体温をつけ、自分のホルモン状態を病院で診てもらったり、今まで以上に身体を温めること、食事に気を配ることなどをして、その時を待ちました。そして娘が3歳を迎える頃、念願の妊娠がわかりました。

超音波検査で待ちに待ったかわいい赤ちゃんの姿を見たときは、本当に嬉しくて仕方なかったことを覚えています。先生は「あと2週間後にもう一度診てみましょう。その時に母子手帳申請の書類を渡しますね。」とおっしゃいました。ちょうどつわりも強くなりはじめた頃だったので、身体的には一番きつい状態でした。でもつわりがあるのは赤ちゃんが元気な証拠だと思い、家事や小さい長女の世話を変わりなく頑張りました。

2週間後、つわりは相変わらずでした。でもまたかわいい姿に会えるという喜びの気持ちのほうが強くて、ワクワクしながら診察台に上がりました。

その病院は、診察台側からも超音波の映像を見ることができます。一目見て、私は異変を感じました。

「心臓が動いていない・・・」

それはもちろん先生も同じで、カーテンの向こうから「あれ?なんでだ?」という声が、何度も何度も聞こえてくるのです。差し込んだ器具を揺らして、何度も「動け!起きろ!」と声をかけてくれました。でも、赤ちゃんは微動だにしません。妊娠10週の時でした。今でもかわいい横顔の形を覚えています。小さくてもちゃんと人の形をしていました。

その日のうちに入院して、翌日子宮内清掃手術を受けることになりました。

娘も一緒に泊まってもいいとのことだったので一緒に病室へ入りましたが、そこからの数時間は大変でした。自分のことでいっぱいいっぱいだったため、娘の急なぐずりに対応することができず、初めて娘を叩いてしまいました。これはダメだと思い、実家の母に迎えに来てもらったのです。今でも、その時の悲しそうな娘の顔は忘れることができません。

娘が帰った後、ラミナリアを膣内に挿入し(子宮口を広げるためです)、その日の処置は終わり、病室で一人静かに過ごしました。

私の流産体験②

次の日、子宮口をさらに広げるためにまたラミナリアを膣内に挿入し、その時を待ちました。待機している時にさらに点滴か経口薬を飲んだ気もするのですが・・・その辺りは混乱していたのでしょう。記憶がすっぽり抜け落ちてる感じなのです。

さて、いよいよ手術室へ移動しました。

LDR(陣痛/Labor・出産/Delivery・回復/Recoveryまでを行える部屋。お産のストレスを最小限にするような様々な工夫がされている。)は、温かく柔らかな雰囲気に包まれているのに対し、手術室は器具などがむき出しで機能的である反面、冷たい印象を受けました。手術台にはもちろん温かい布団などはなく、その真上には大きな手術用のライト、無影灯が冷たく光っていました。

横になり、脈をとるために指に脈拍計を取り付けられ、点滴をし、麻酔注射をされました。看護師さんの「1、2、3・・・」あたりでもう記憶がありません。

しばらくして、「移動しますよ~」の声で目が覚めました。そのまま車椅子で病室へ行きました。部屋の景色が急に冷たく感じられたこと、そんな中でもつわりが無くなっていることに妙な安堵感も沸いてきて、とても複雑な気持ちになりました。その後の診察で、先生がリラックマの「ほっこり時間」を貸してくださり、先生の心遣いと本のメッセージに随分救われたことを覚えています。

次の日、静かに病院を後にしました。

◆流産体験~その後~

今までお腹の中にいたかわいい小さな命。それがもういないのだ・・・。

その日から、私は空虚感でいっぱいでした。何かしたのだろうか?もしかして、つわりがきつくてもう嫌だ、いつ終わるの?なんて思っていたから?何がダメだったのだろう?どうしていなくなってしまったのだろう?そんなことをずっとずっと考えてばかりいました。

そんな日が2か月ほど続きました。ちょうど季節が冬だったこともあり、今まで娘を連れて出かけていた場所からも足が遠のき、冷静になれる時間が持てたのだと思います。幸いに長女も私といさえすれば外に遊びに行きたいと駄々をこねることもなかったので、その事にも助けられました。

季節が春を迎え、長女が幼稚園に入園したのを機に周りの人間関係も変わり、だいぶ心も落ち着きを取り戻すことができたのです。

◆「流産」~原因と確率について~

一般的に流産とは、妊娠21週までの間に何らかの理由で胎児が育たなかったり、流れ出てしまうことです。原因といわれていることの要因が胎児にある場合、染色体異常や先天性異常があるといわれています。またその要因が母体にある場合、黄体機能不全(排卵後、卵巣から分泌される黄体ホルモンが十分に分泌されない場合、胎盤の形成が不全になり、胎児が育たないこと)、子宮内膜機能不全(黄体ホルモンが分泌されても子宮内膜がそのホルモンに反応できないと胎盤の成長が悪くなり、結果胎児が育たないこと)、高プロラクチン血症(プロラクチンは授乳を司るホルモン。授乳中出ない時にこのホルモン値が高いと流産を繰り返すことも)、子宮の異常(子宮の形の異常、子宮筋腫、子宮内膜症子宮内腔癒着症、子宮頸管無力症)などがあるといわれています。

また流産の種類としては、繫留流産(胎児が子宮の中で死亡している状態)、科学流産(受精したが着床できなかった状態)、切迫流産(妊娠22週未満で出血や痛みを伴い、流産になりかかっている危険な状態)、進行流産(流産が進行している状態。出血や痛みが強く頸管は開大して保存的な治療が不可能な状態)完全流産(流産して、胎児や胎盤が完全に外に出た状態)、不全流産(流産にはなったものの、子宮内に残存物がある場合)があります。

また流産の確率は、妊娠全体の8~15%といわれています。特に妊娠12週未満の流産が多く、流産全体の80%といわれます。

<参考資料 虎ノ門病院産婦人科 1989.1~1991.7データ>

母体の年齢によっても流産の確率に差があり、24歳以下は17%ほど、30歳までは11%ほど、35歳までは10%ほど、40歳までになると確率は上がり20%ほど、40歳以上は42%ほどとなっています。こちらのデータは20年くらい前のものなので、今は多少の変化はあるかもしれませんが、40歳以上はやはり確率が高いように思います。

◆私が思う「流産」と「死産」の違い

どちらも経験し、そしてグリーフケアアドバイザーという資格を得て、今言えること。

それは、流産も死産も悲しみは同じだということです。

お腹の中に宿った時点で、すべて命なのです。どちらが大事とか優れているということもありません。同じなのです。

いや、死産は出産という行為もあるでしょう?だから流産とは違うのでは?という方も、中にはいるかもしれません。でも流産も普通に陣痛のような痛みがあって流産する人もいれば、私のように子宮内清掃術を受けて、外にその命を送り出す「出産」をする人もいます。科学流産も同じだと思います。(ちなみに、私はこの流産を経験する前に、科学流産も経験しています。)

大切な命を失う悲しみに、優劣はないのです。つまり、流産と死産に、違いはないのです。

これは私の見解ですから、違うという意見もあるかもしれません。色々な意見があっていいと思いますし、色々な思いもあっていいのだと思います。でもそのことを踏まえた上でも、やはり命や悲しみに優劣はないと、グリーフケアアドバイザーとしても言えるのです。

◆その時のグリーフケアアドバイザーの役割は

グリーフケアアドバイザーは、様々な悲しみの場面を知り、その悲しみがどのように変化していくのかをしっかりと学んでいます。そこにジャッジをしませんし、否定もしませんし、傾聴することで、あなたの悲しみを共に受け止め、受け入れ、元の生活に戻ることができるようお手伝いさせていただきます。

悲しみの渦に巻き込まれそうになった時、自分を責めそうになった時、または誰かのせいにしそうになった時・・・。

思い出していただける存在になれるよう、これからも活動していきたいと思います。