グリーフケアを【知ると】ペットロス〜どうして理解されにくいのか

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青森県弘前市、グリーフケアアドバイザーの佐々木清美です。今回は私の経験から、大事な家族にも関わらず、どうしてペットを亡くして悲しむことが 理解されにくいのかについて、考えてみようと思います。

◆大切な家族との出会い

私がそのコと出会ったのは、まだ幼稚園の時。母と出かけた小鳥屋さんで、生まれたばかりの毛もまばらな文鳥を見て一目惚れ。この子と一緒にいたい!と連れて帰ってもらいました。お迎えしたのは白文鳥。名前は、その時NHKみんなのうたで、北島三郎の「北風小僧の寒太郎」という歌が流行っていたので、「寒太郎」と名付けました。

その日から、寒太郎との楽しい日々が始まりました。

◆初めてのペット

我が家にやってきた白文鳥の寒太郎。まだとても小さく自力で餌を食べることができなかったので、母鳥がそうするように、母が挿し餌をし、藁の小さな巣に入れて温かくして大事に大事に育てました。餌をねだりピーピー鳴く姿がとてもかわいらしく、何時間でも見ていました。少し大きくなると、手に乗ってくれたり、姿を見ると肩に乗ってきて離れず、ずっとべったりしていたことを昨日のように思い出します。

実は寒太郎を迎える前にも白文鳥をつがいで飼っていたのですが、つがいということもあり人間にはあまりなついてくれず、弟が1歳くらいの時に誤って死なせてしまったので、記憶が薄いのです。でも、動かなくなったその姿を見た時に、悲しいというか切ないような呆然とした気持ちを感じたことを覚えています。

そんな事があったからか、私は余計寒太郎を可愛がり、いつも肩に止まらせては話しかけていました。本当に可愛くて可愛くて、この時間はずっと続くものだと信じて疑いませんでした。

でも突然別れはやってきたのです。
ある朝、いつものように寒太郎が眠る鳥かごにかけてある毛布を「おはよう!」と声をかけながら取りました。

そこにはひっくり返って動かない寒太郎の姿が。

「寒太郎!!!」

すぐ鳥かごに手を入れて、寒太郎を手に乗せました。が、身体は冷たくなっていて、目は固く閉じられたままでした。

悲しくて悲しくて、その後どうやって学校に行ったのか覚えていません。授業中にも自然に涙が溢れてきて、1週間ずっと泣き暮らしました。


当時外に使わなくなった洗濯機が家の外に置いてあり、冬で雪が積もっていたため、寒太郎は春になり雪が溶けて庭に埋めるまで、そこに安置されました(昔は今より厳しい寒さの冬だったのです)。毎日学校から帰ると、雪が降る中寒太郎をそこから出して、手に乗せて泣いていました。

小学生だった私には、あまりに悲しく、あまりに突然の別れだったのです。

先ほども書いたように、私は学校でもずっとずっと泣いていました。家の中でも泣いていました。

でも、その時に周りは、家族であっても私の憔悴ぶりを理解できずにいたのです。

◆ペットを失う悲しさとは

「もう泣くのやめたら?」

「いい加減しっかりしなさい」

これらは、寒太郎を亡くしてずっと泣き続ける私に対して、家族や友だちがかけた言葉です。その時は、どうして私の気持ちをわかってくれないのだろう、なんてひどいことを言うのだろうと思っていましたし、とても悲しかったのを覚えています。

それから十数年経ったある時、母がとても可愛がっていた猫が、車に轢かれて亡くなりました。その時の母の憔悴ぶりは、今思い出してもかわいそうになるくらいです。母は寒太郎を亡くした時も悲しんでいましたが、その時とは比較にならないくらいの落ち込みようでした。我が家ではその時猫も犬も飼っており、猫は複数匹いました。轢かれたのはその中でも母が特に可愛がっていたコでした。だからその悲しみはよく理解できているつもりでした。

そんな理解しているつもりの私でも、あまりにその状態が続くことに、少しずつイライラしてきたのです。近くで見ているから余計イライラしてきたのかもしれないですし、他のコもいるのに・・・、他のコはかわいくないのかな・・・という思いもありました。

その時初めて、寒太郎を亡くして悲しむ私に対してイライラしたであろう親の気持ちも理解できたような気がしました。

でもやはり理解できたとは言っても、あのような言葉はかけてはいけないのではないかと思うのです。人であってもペットであっても、大切にしている対象を亡くして悲しんでいる人には、かけてはいけない言葉があるのです。

悲しみは、ペットだからとか、人だからとかで区別してはいけないと思うのです。でも、実際にペットを飼ったことのない人には、想像しにくいものがあると思うのです。結局は、お互いさまというか、想像力を働かせることで、その悲しいすれ違いはないように思うのです。

◆ペットも大切な家族

最近はペットの位置づけが変わってきており、自分の子どものように育てる人や、心の拠り所になっていたりしています。動物との関係がとても密になっているのです。それはもしかしたら、昔と違って今の希薄になってしまった社会や人間関係が影響しているのかもしれません。誰にも話せない悩みや愚痴をかわいいペット達は黙って聞いてくれますし、いつも惜しみない愛情を向けてくれます。生活の中になくてはならない存在ですし、現代に生きる私達にとって、かけがえのない存在になっているのです。

ペットを飼ったことのない人も、その関係は、子どもや友だち、恋人や配偶者、親に置き換えてみると、きっと理解できると思うのです。

周りでペットを亡くして悲しんでいる人がいたら、どうぞそのことを思い出していただけたらと思うのです。

グリーフケアアドバイザーは、どんな悲嘆も差別することなく、優劣つけることなく、受け入れます。もしあなたが大切なペットを亡くして悲しんでいたら。周りに理解してくれる人がいないと嘆いていたなら。

どうぞグリーフケアアドバイザーに話してください。あなたの話を否定することなく受け入れ、あなたが前を向いて歩くことが出来るように、見守り、支えます。

かわいいペットの思い出話を聞かせてください。

きっと空にいるかわいいあのコも、あなたの笑顔を見たら嬉しいと思います。