怒りを出し切る

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青森県弘前市グリーフケアアドバイザー 佐々木清美です。

次男誠史郎を死産してから、4年半経ちました。グリーフの反応として、思慕以外はほぼ消滅していく時期ですが、未だに私が手放せないでいる感情があります。それが「怒り」です。

手放したつもりでいると、いつもその感情は思いもかけない方向からやってきます。安心できる場所で吐き出したつもりが、逆に相手を傷つけてしまったり、さらに自分を傷つけることになってしまったり・・・。

「怒り」について、私の経験から、またグリーフケアの視点から、書いてみようと思います。

怒りが強すぎる

この言葉は私がある人から言われた言葉です。仮にAさんとします。

その時私は誠史郎を失って1年足らずの頃で、心について学んだり、スピリチュアルなことに触れることで自分を保とうと必死でした。グリーフケアアドバイザーについても知った頃で、とにかく誰かと繋がっていたい、この悲しみを誰かにわかって欲しいという気持ちで毎日を過ごしていました。心の深いところがものすごく枯渇していたのです。

見た目的には元気でしたし、毎日あれやこれやと忙しくしていたので、もう立ち直ったように思われたのでしょう。友だちから悩み相談を受けることもありました。仮にBさんとします。でもグリーフ中の私には重すぎる悩み相談(○○が自分を避けている気がする、○○は周りからこう思われているから付き合わないほうがいいなど)で、Bさんにきついんだと言えたらよかったのですが、共通の友人のAさんにBさんの話が重いのだと、私自身の悩み相談として話すことでなんとか自分を保っていました。

私は人によって態度を変えるということは苦手というかできません。ですが、Bさんはそれができる人でした。私に対する態度とAさんに対する態度が違うのです。Aさんは私から聞くBさんの態度にずっと疑問を感じていたのでしょう。ある時Aさんに言われたのです。

「怒りが強すぎる。ついていけない。Bさんはそんな人ではない。あなただって人の気持ちを考えない行動をする。私に踏み込んだ意見を言わないで。」要約するとこんな感じのことを言われました。

これがグリーフ中でなかったら。

私はAさんに対してそんな態度を取らなかったのかもしれないし、取ったのかもしれない。グリーフ中につい誰かに依存的な態度を取ってしまうというのも、グリーフを学んで知りました。私はきっとAさんに依存をしていたのだと思います。

大好きな人だったから本当にショックでした。ごめんなさいを伝え、こうして言いにくいことを言ってくれてありがとうをして、私は連絡を絶ちました。もちろん彼女からの連絡はありません。遅かれ早かれこうなる関係だったのだと思いますし、縁があればまた出会い話すこともあるでしょう。

怒りをだすこと

思い返すと、人によって態度を変える人に悩まされることは昔からありました。子どもの頃は堂々とひいきする先生もいましたし、大人には裏表あるのだなということを学べたのはよかったのかもしれませんが、子ども心にひどく傷ついたものでした。

でも自分が大人になってから、特に誠史郎を亡くしてからのそんな存在は、私の心身を疲弊させるには十分過ぎました。

AさんとBさんのことがあってからしばらくして、Cさんという別の方からいわれのない誹謗中傷を受けました。2年連続で同じ時期にです。さらにそれだけではあきたらず、ブログで私がCさんに対して殺人未遂まがいをしたという、事実無根のことを書かれたのです。見る人が見たら、それは私だとわかるように書かれていましたが、行為に関しては実際していないことなので非常に戸惑いました。嘘を書く理由もメリットも、私にはさっぱりわからなかったからです。

あれから1年経ちましたが、まだ私の傷は完全には癒えていません。

今までは、わかるひとにはわかるからと、私はそのことには目を向けないようにしていました。でもやはり、臭いものに蓋をするばかりでは、また人によって態度を変える人から同じような目に合ってしまうと思い、怒りを出していこう、私は怒っているのだと言おうと思いました。そうしない限り、私の強い怒りはくすぶり続け、また大切な誰かを傷つけてしまうのでないかと思ったのです。

実はこれらのことをブログで公開する事も、未だ抵抗があります。読む人が読めば何のことかわかるだろうし、こんな事を書いてグリーフケアアドバイザーとしていいのだろうか?とか、周りの人達が離れていかないかとか、考えたらキリがありません。でもずっと怒りはくすぶり続けるし、これ以上苦しむのはのは嫌だから、思い切って書きました。

グリーフケアの視点から

私はグリーフケアアドバイザーの資格を取る際に、怒りもグリーフの反応なのだと学びました。小さなころから理不尽な怒りは感じてきたものの、親の庇護のもとにいる限りは我慢していたこともたくさんあったように思います。(親からは、十分出してきたでしょうと言われそうですが)

先程上げたような話でも、これでもか、という怒りは感じてきましたが、それを出せずに蓋した事は他にもあります。それは、誠史郎が染色体異常だとわかった時と、産声のない出産をした時だと思います。でも、その時にその感情が怒りだと、自分自身理解することができませんでした。

本当は告知を受けた時、諦めた態度を取る医者に対して怒りたかった!

破水してパニックになる中、何度も帝王切開するのか聞いてきた時も

下の子がまだ小さくてうるさくするからと見舞いを遠慮してほしいと言われた時も

出産後、事務的に冷たい顔で消毒をされた時も

わが子を抱きしめられるから帝王切開じゃなくてよかったよと言われた時も

出産直後、わが子をウェットティッシュで拭かれた時も

なんでこんな目に合うの!と怒りたかった!叫びたかった!

そして怒りを感じるのはだめなこと、迷惑をかけることだと自分の気持ちにブレーキをかけ、見ないふりをした自分を一番怒りたかったのかもしれません。

グリーフケアについての知識が、もし出産前にあったら。そして医療関係者だけではなく、社会一般の常識としてグリーフケアが根付いていたら。私のようにわからないまま怒りを持ち続ける人がいなくなるかもしれないと思うのです。

もちろん、怒りの表出には、誰でも見境なく攻撃したり傷つけてもいいということは含まれません。誰かを意味なく攻撃したり、怒りをぶつけるのではなく、やはり怒りを感じた相手に対して怒っているということを伝えるのが大事だと思うし、またそれは同じ悲しみを感じたことのあるグリーフケアアドバイザーなら受け止めて流せるはずです。

グリーフケアワークショップについて

死別に対しての悲しみや怒りなど、感情の表出には、グリーフケアワークショップが有効です。自分の感情や状態、また故人について客観的に見ることができますし、新たな発見があったりもします。さらにご自分の経験を話していただけますし、故人へのお供え物を参加者の方と楽しく作ったりします。

自分の気持ちを知ったうえでグリーフケアに向き合うことが、よりよい回復につながると思います。グリーフを経験し、何かモヤモヤする、気持ちが沈んでしまうという方にこそ、参加していただきたいと思います。

弘前では、来年2019年1月20日(日)13時半~16時、浄土宗 専求院さまにて開催予定です。http://recoveryfromgrief.jp/sharetime/post-454/

また開催リクエストもお待ちしております。